2
それはあまりにも唐突な、イエスからの告白、
いやさ ブッダにとっては“宣告”のようなものだった。
「私、もうキミと暮らしていかれないんだ。」
「え…?」
他愛ない話に微笑みを誘われ、
低められたそのまま睦言を囁かれると たちまちドキドキする、
ブッダが大好きなイエスの声。
伸びやかで表情豊かなそれが、でも
今は掠れて震えていたのは、
本意ではない言いようだったからだと
それこそ縋るように思いたくなったほどに。
聞かされたブッダにとって、
それ以上はなかろう信じがたい一言であり。
「それって…。」
語句としての意味は判るが、理解は出来ずで飲み込めない。
そんなこと納得したくないという反発が殊更に強いあまり、
苦い苦い薬のように 飲み込むことを心が拒んでいるからだろう。
少しは風があるものか、
窓の外から、ざわざわ生け垣がざわめく音が立ったけど。
それさえ耳に入らぬくらい、
ブッダの心持ちは 思わぬ緊迫にきゅうきゅうと
締めつけられての固まっており。
「…天界から 何かあったと言って来たの?」
のっぴきならない急変にあって、
その対処にイエスの力も要るからといって。
事情を満足に説明する間も与えられないまま、
迎えと共に大急ぎで去ってったことが そういやあったと
恐慌状態になりかかりつつも 何とか思い出したブッダだったが、
「違う。」
項垂れた頬へとかかる髪と一緒に、
ゆるゆると力なくかぶりを振るイエスが。
肉薄な口許を引きつらせつつ そのあとへと紡いだのは、
ブッダには ますますと信じたくない言いようで。
「わたしは これ以上、
キミの傍に居てはいけないんだ。」
「………え?」
何の話?何のこと?
まさか今更、互いへばかりうつつを抜かす現状へ
最聖として罪悪感を覚えたの?
そんなの何のそのだと、
幾分か開き直ったように言っていた張本人のくせに。
それとも、やっぱり愛らしくて柔らかい女性の方がいいと
そこへと気づいてのこの言いようなのだろか。
“…そんなだったら聞けないからね。”
自分で勝手に先回りしたことがあらぬ方向へと向かいかけ、
じわじわとながらも かすかなる憤懣を沸き立たせておれば、
「キミには何の落ち度もないんだ、ごめんなさい。」
自分でも涙まで流すとは不甲斐ないと思ったか。
節の立った手の甲、指の付け根で大雑把に頬を拭いつつ、
イエスは改めて勝手な言いようへか“すまない”と頭を下げて見せ、
「けれど、
他でもない神聖なキミに、それは疚しいことを思ってしまって…。
ふしだらにも程がある自分が許せないんだ。」
そここそが話の核心に触れることなのだろう、
口惜しいのか辛いのか、
俯いたまま見下ろす、膝へと置いたこぶしを
見るからに震わせているからには。
よほどの辛さに襲われてのこと、
既に相当堪えてもいるイエスなようだったけれど。
「えっと…それって?」
申し訳ないという主旨の言われようをした当事者様、
口づけやハグも 結構ふしだらなんじゃなかろうかと…実は思ってなくもない、
まだまだ物差しが微妙にイエスほど大胆ではないブッダが、
ともすれば戸惑いもって 訊き返すのも詮無いことで。
恥じ入っている本人へ、
そんな部分を何度も何度もなぞらせるのは辛いことかもしれないが、
半分曖昧なまま“察してよ”と丸投げされたのでは、
こっちだって納得がいかぬし、気が収まらぬのだ、しょうがない。
あくまでも詰るわけじゃあないのだという口調にて、
もうちょっとと掘り下げるように訊けば、
「だから…。//////」
そこはイエスの側でも判るのか、
それとも、ブッダの気が済むまで
どんなに責められても仕方がないと思うのか。
薄い肩をすぼめつつ、それでも何とか言葉を探そうとする態度は、
萎れていつつも、常の甘えたな彼には意外なくらい根気がある代物で。
無責任に遇したくはないという、
これも“ブッダ大事”な心根の現れに違いないと思えば、
こちらも胸の底がほのかに熱くなるものの、
「具体的に
何をどうこうしたいと思いついた訳ではないの。」
ひどく焼き餅を妬いちゃうのが嵩じて目眩いがしたとか、
喩えではなくの息が詰まりそうになって、
居ても立っても居られなかったとか、
そういった はっきりと順序だっている妄想
が止まらないとかいうのではなくて、と。
そんなブッダの傍に居られぬ理由、
紡ぐための言葉を探すイエスであるのだ、
“頑張って”と見守るのはちょっと違うよねと思えば、
微妙に複雑でやり切れない。
そんな気持ちを抱えておいでの愛しい人を前に、
「キスすることや抱き合うことへ、
ただ 気持ちいいとか幸せだなぁとか思うだけだったのにね。」
すすり泣きが極まって、
せぐりあげたのかと思わせた震えは、だが、
そうではなくて。
「キミに触れると
あのその、淫らがましい感覚を起こすようになってしまって。」
言葉という形にした途端、その重みにも気圧(けお)されたか、
膝に突いたこぶしをぎゅうと握り込み、それへ連なる腕を震わせる彼であり。
“……え?”
さすがに ブッダにも意外ではあった種の告白であり、
思わずのこと、長い睫毛をついつい瞬かせてしまわれる。
それはそれは甘くてかあいらしい触れ合い、
敬愛や慈愛にあふれた、
やさしくて幸せな愛咬であり睦みであったはずが。
そんなものとは桁が違う衝動に襲われて、
そんな格好で辿り着いた自身の内面に
途轍もなく おぞましいものを見つけてしまったが故の
強い強い慄きというやつであろうか。
そして、
「こんな感覚が生まれるような身では、
キミへ いつ何をしでかすかも判らない。」
どれほど深い愛ゆえであれ、何をしてもいいという道理はなく。
ましてや、それは神聖な対象だとしているブッダを相手に、
いつか…そちらの淫らな欲に衝き動かされ、
強引にも自分の欲を優先してしまうかも知れないことを、
イエスはまず一番に恐れたのであるらしく。
欲しい欲しいをばかり追い、
幸せな至福とは到底思えぬ修羅場を展開したくはないと。
そこまで思い詰めてのこと、
朝一番から涙にむせんでいる彼なのであり。
「…イエス。」
何を言いたい彼なのか、コトの全容は何とか通じたし、
あくまでも真摯に思い詰めて出した決意なのも判った。
それを軽んじたいとするのではないものの、
「でもね?
どんな間違いがあっても、私 キミより力持ちだよ?」
彼がその細腕でどんな手荒なことを構えようと、
それを制すことが出来ない自分ではないと。
だからそうまで恐れないでと、
助け舟のようにして言い返したブッダだったが、
「そんなの意味がない。」
そんな助言はさすがに想定していたのだろう。
イエスの側の答えも、
前以て用意されてあったのか淀みなく紡がれて。
「だってキミは
私を傷つけまいとする優しい人だもの。」
自分が我慢すれば済むのならって、辛いことでも耐える人だから、
いやだという素振りさえ、表へ出さずにこらえ切る。
慈愛の人であるその上に、
世の中の苦しみ全部を知りたいかのように、苦行も厭わぬ人だものと、
今ばかりは最も正しい解釈で言い通す彼であり、
「それは…。」
違うとは言い切れないかも知れぬと、
こちらは言い淀んでしまったブッダへ、
「それに、
たとえば咄嗟のこととして、腕力や法力やで阻止出来たとしても。
優しいキミだもの、そんな事態を悔いてしまいかねないでしょう?」
こんなの正しい睦みではないと、
冷静になりなさいとするための拒絶を構えたとして。
だがだが、イエスを傷つけてしまった自分だと、
深く後悔してしまうブッダなのではなかろうか。
「それって、
キミの身は無事でも、気持ちや心を傷つけてしまうことだもの。」
「あ…。」
どんな形でも困らせたくはないからこその、
こうまで先んじての別離を持ち出したイエスなのであり。
ある意味では、
ブッダが唱える“愛別離苦”に
彼なりに乗っ取った運びでもあるのだろう。
だが。
そう…だが やっぱり何とも納得が行かず、
この事態をどうにも飲み込めないのは、
あまりに唐突だったからでも、
ましてやブッダの側が大きに堕落したからでもないと、
そんな通り一遍な悪あがきではないと思えてしょうがなく。
「あの、その、」
説法への取っ掛かりを探すように、
だがだが、方向性は何とも未知な方向へ。
失うものの大きさに狼狽しつつも、
いやいや、それでの諦めの悪さとかじゃあなくて。
何か、大事なパーツが足りてないような気がするので、
隅から隅まで納得が行かねば引き下がってはいけないと、
そこはそれこそ生来の頑迷さと根気の強さを発揮して
ブッダは えいと踏み出すことにした。
だって、そんなのあんまりじゃないか。
人へも物にも、事象や感情にも、
先で苦しみへと通じてしまうから、執着してはダメだと説いてた私が、
キミだけは大例外で“大切な人だ”としているというのに。
なのにそんな、お別れだと言われただけで、
そうですか、じゃあ仕方がない…で済むものか。
「一体どんな?」
「え?////////」
詰るような訊き方ではないけれど、さりとて恐る恐るでもない。
曖昧なのは許さないと感じさせるよな、
しなやかな芯を通したような声が聞く。
「体温を感じてとか、
それとも…ちょっと違って聞こえた声にとか?
それへ、いつもよりドキドキが強かったとか、
意識がなくなるほど目眩いがして、しゃにむに捕まえたくなったとか?」
「えっとぉ。///////」
随分と肌身へ迫るように切り込まれ、
おどおどしかかったイエスなのへ、
「言えないじゃ済まされないよ?」
それこそ、真摯なまでに表情を冴えさせて、
ブッダが言いつのったのは、
「私にとっても、あのその、
もはやこうまで大事な人になってる最愛のキミと
離れ離れにされちゃうなんて
そりゃあ大変なことなんだからね。」
じゃあサヨナラだねなんて、
そんな簡単にお別れする訳にはいきませんとし、
「キミをそこまで慄かせるほど、
一体 何へどんな風になったっていうのサ。」
「う…。//////」
こんな態度をこそ拒まれたらどうしようと、
内心 思わぬではなかったけれど。
萎れたそのまま粛々とお別れに運ばれるなんてとんでもないこと。
これまでのように、物分かりのいい…諦めのいい自分でいてはいけない、
これは正念場なのだと感じたブッダであり。
「何がどうして問題だったの?」
詰問するよに少しほど語調を強めつつ、
「答えて。」
痛々しく見えてしょうがなく、でも
握りしめていることでこちらを拒んでもいること、
そのまま表してもいるイエスの拳を。
とうとう耐え切れなくなって
身を浮かし、手を延べると捕まえてしまえば、
「…っ!」
何かしらの、そう
まるで熱湯でもかけられたような素早くも大きな反射で、
撥ねるような震えで反応を見せたイエスであり。
だが、
「う…。////////」
それと同時、
お顔が真っ赤になっての、だが、
振り払おうとはしないでいて。
すがるような眸で見返して来るばかりなのが何とも痛々しくて。
それに、
“? …指輪が…。”
他でもない、自分の肌が不意に何かを拾いあげている。
イエスから贈られたあの指輪が、
こちらのみぞおちでその存在を主張し始めており。
熱くなったり冷たくなったりと、
何とも不思議で落ち着きのない様相を呈すに至って、
「お願いだからっ。話してよ、イエス。」
こうまで動揺している彼で、
しかも、拒絶したいんじゃあないという迷いに大きく揺れてもいる。
透き通った玻璃の双眸を、困ったように見開いている、
繊細そうな、それでいて精悍な作りの彼の顔が。
本当は引き剥がされたくはないと叫びたい一歩手前に見えるのは
こちらの勝手な解釈だろうか。
そんなを思うブッダの耳へと届いたのが、
「ぶっだぁ…。」
ちょっと掠れてて、今にも涙に溺れそうになっている
イエスからの呼びかけで。
ああ、それって困り過ぎて助けて欲しいときの声だよね。
そうである以上、やはり簡単に引き下がる訳にはいかないと、
ブッダが腰を据えたのも無理のない流れであり。
言い表すのが難しいことかも知れないけれど、
「何がどうなって こんな混乱をキミに植えつけたのか、
私としては 知らないままでは済まされない。」
私の態度や何かが関わっているのでしょう?
だったら尚更、話してよ教えてよ?
なんでキミがこうまで追い詰められたのか。
「私を置いてくというその理由、
徹底的に知る権利が私にはあるんだからねっ。」
「…っ。」
向かい合う深瑠璃の双眸が、ぎゅうと力んでのこと潤みを強める。
場合が場合でなかったら、
こんな綺麗な宝珠はないと、いつまでも見ほれていたくなっただろうほど
それは美しくも真摯な光を凝縮された瞳であり。
「………………あのね?」
それに絆されたような格好で、
やっとのこと、イエスが訥々と語り始めたのは、
言ってみれば彼自身の内面を満たす“想い”のようなもので。
教義や説法ならばともかくも、
実はイエスもまた 自身の私情を取り沙汰する機会は少なくての慣れぬこと。
あのね、えっとねと
思い出し思い出ししつつという拙い代物でもあったので。
輪郭を追うのにさえ難儀をしつつ、
行きつ戻りつする文言を何とか整理してつなげてみると。
「………あ。///////」
ブッダにも大きに思い当たる、赤面ものの事態が発端で。
ほんの昨夜の 寝る前のやりとりの中、
ふと、触れてしまった格好の
ブッダの内股のやわらかさが、
いわゆる“引き金”となってしまったそうであり。
何でもない可愛い声や仕草だったねと、それで終しまいにならなんだ。
どんなに振り切ろうとしても思い出されてならなくて、
一晩中、繰り返されてはドキドキしたほどに
注意は逸れずであったそうで。
“あれが?///////”
切っ掛けは何気ない所作の中、
もつれ合うよに倒れ込んだ拍子、
乱れてしまった浴衣の裾を直してやろうとしただけで。
それはブッダにも判っており、
直前の口づけのほうが よほどに甘くて陶酔させられもしたこと。
だがだが、ふと触れる格好になったところの肌の
日頃は秘されているからこそだろう、
飛び切りのしっとりとやわらかな感触に惹かれたイエス、
そのまま今度は意図的に、手のひらで触れてしまったところが、
「キミが細い細い高い声を上げた瞬間に、
肌全部から汗が吹き出して、ぞわりと総毛立って。」
体じゅうが熱くなって、
お腹の奥に何かをじゅうって絞り出されるみたいな、
痛いくらいに強い何かがこごった熱が現れて。
痛いほどなのに何でだか、
「かすかに悦くもあって…それが怖くて。」
「……え?」
何とも もしょりとした言いようだったが、
そこが肝要なのだというのはブッダにも届いた。
ふしだらなことという方向への、最もいけない感じよう。
不意を突かれ、何なに?と 怖がったブッダなのだろうに。
若しくは 恥ずかしいよぉというこらえが、
でもでも間に合わないで
微かに零れてしまった声だったのだろうに。
指導する身だからというよりも大人としての自負から、
誰にも聞かれたくはなかったそれ、
小さな悲鳴のようなものだったのだろうにね。
なのに、
それを聞いて ぞくりとしてしまった
自分の心持ちの罪深さよ
どこかに疚しさが寄り添うからか、
劣情なんて言いようをしもするそれであり。
イエスがそんな風に感じてしまったことへ
彼もまた“ふしだらな”と やっぱり感じたからこそ、
それで訊き返したブッダだろうと決めつけて。
「〜〜〜っ。」
許してなんて虫のいいことは言わない、と。
背条を凍らせるほどの、
責めを待つ罪人のような覚悟の下、
それでもついつい ぎゅうと眸をつむったイエスだったが、
「…イエス。」
聞こえた声がずんと近くて、わあと慌てて身を退かせる。
ダメだダメだ、こんな私に近寄ってはいけない。
キミという宝珠のような存在を穢すに違いない堕天者。
ああでも、
まだ手をつないでてくれるのは ちょっと嬉しいかも。
それが裁断するための拘束でもいい…と。
混乱しかかりつつ、だというに、
そういうところが頼もしい、
コトここに至ってもブッダへの思慕を連ねて
そんなこんなを思っておれば、
「もしかして、昨夜 私の脚へ触ったときだけ?」
ブッダの声がそうと鋭く指摘する。
ああやっぱり、聡明な人だものここまで判れば気がつくよねと、
「……違う。」
実を言えば、似たような感覚は以前からも少しずつ感じてたの、と。
何かをこらえてる細い声とか
今の、も一回聴きたいって、思うことが何度もあった、と
途切れ途切れに告げながら、
またもやあふれて来そうな涙に目元の熱を感じておれば、
「…イエス、」
呆れての溜息にしては静かで長い吐息混じりに、
「いいから目を開けて。」
それは優しい、穏やかで静かな声がして。
「ほら、こっちを見て。
私 怒ってるかい? それともキミを蔑んでるかい?」
「……………え?」
そうと言われても、
そうですかとすぐさま応じられることじゃあない。
何なに、何て言ったの?
怒ってるかどうか確かめなさいって?
いや、そうじゃなかったような…
「……??」
励ますように手をキュッと握られて、
それでのこと、やっと
そおっとそおっと目を開ければ、そこには。
向かい合う位置からこちらへ向けて、
案じるような、それでいて、
そのまま蕩けてしまいそうな含羞みをたたえた。
いつもの優しいお顔がのぞき込んでいるばかりであり。
その穏やかさに声もなく見惚れておれば。
もう片やの手が伸びて来て、そおっとイエスの頬を撫で、
「もうもうお馬鹿さんだねぇ。」
いつだってそうやって、
私をその場へ置き去る勢いで、
勝手に先に駆け出してってしまうんだもの、と。
いたわるように、噛んで含めるように
ゆっくり囁くブッダだったのへ、
「ぶっだ?」
何なに? これってどういうこと?
ふしだらだと それは冷たく遇されなきゃおかしい、
そんな目で見ていたなんて、なんて酷い人だと叱られなきゃおかしいと。
依然として状況が判らないイエスなのを見越し、
今度こそ、ブッダがゆっくりと説き始める。
「キミの中に沸き立ったのは、
そうまでおぞましいと評するような代物じゃあない。」
「でも…っ。」
そこだけはと ともすればムキになるイエスが、
何を言いたいかもブッダには判っている。
恐らくは あまりに強い感覚に襲われ、
それに翻弄されかけたのが恐ろしかったのであり、
しかも、どこかに…快感の要素も潜んでいたがため、
今回はすぐさま我に返れたが、
そのうち意識せぬままにその身が衝き動かされそうで。
ブッダへの思慕という清らかな想いを、
他でもない自分から吐き出される生々しい何かが
否応無く穢すことに通じるような気がして
制止が効かぬだろうと思わせたほど、
そうまで激しい奔流だったのが、
ただただ怖かったと感じた彼なのだろう…と察せられ。
ああ本当に もう、と
素直で無垢で、繊細で。
そしてそして、
ブッダを大事にし過ぎて、そして、
ブッダを好きすぎて 振り回されてるイエスなのだと
彼本人が理解する前に
ブッダ自身へ先に届いているこの現状へ。
どんな顔をしていいのやらと、
こちらは…複雑ながらも深くて甘い喜びに取り憑かれつつ、
「いい? 聞いて、イエス?」
今回ばかりは、自分での解決を待っての悠長に構えていちゃあ
きっと埒が明かぬだろうと思うたか。
何を感じ何を言いたいキミかも判っていますよと、
先手を打つよに紡いでやる釈迦牟尼様で。
ちょっぴり緊迫し停滞した空気の中、
それでも怖じけることなく泳ぎ出すよに口火を切って。
確かに、キミが感じた“恐れ”は ある意味正しい。
数ある煩悩の中でも 最も制御の難しい想いなだけに、
もしかして相手を蹂躙するよなほど、
強くて禍々しいものに育つかもしれない代物。
キミや私のような聖人は特に、
そうそう抱いていいものではないのかもしれないけれど。
「でもね、私たちはそうまで“象徴様”ではないでしょう?」
微妙なところだけれど、それでも生身の存在だもの、
美味しいものを食べたいように、
沸いてもしょうがない感覚だし。
キミが大変だぁとその芽吹きだけで案じたように、
過ぎれば問題になりかねぬ代物だけれど、
「普遍の愛やアガペーとは別枠な“好き”を、
特別な“大切”を抱えたからには、
そこへも うろたえてはいけないんじゃないのかな?」
「あ…。///////」
ああ、私もキミから同じように宥められたことがあったよね。
教えを踏襲せねばならぬとし、
沈着冷静な心持ちを揺らがせてはいかんとする
頑迷で真っ直ぐな生真面目さと、
でもでも、生まれたばかりの無垢な恋心から来る 不慣れで純真な動揺と。
そんなこんなが入り混じり、混乱が極まって船酔いしちゃっただけだよと。
駄々をこねて怒った末に、今度は泣き出してしまった私を相手に、
呆れも投げ出しもせず、辛抱強く滔々と語りかけてくれた、
どうか落ち着いて、
でも 取り乱した可愛いキミも大好きだよと囁き続けてくれたのだっけね。
“自分に起こった場合は大きに取り乱すってホントなんだな。”
美味しそうという要素には、
結構 何の躊躇もなくふらふらと惹き寄せられる人なのにね。
いつぞやなんて、
ジョニデのコスプレ衣装へあっと言う間に擦り寄ってたのにね。
“私には あちこちへのキスで満足出来てたなんて。”
一向に性欲なんて沸かぬままだったなんてって思えば、
ちょっと腹が立ってもいいくらいかも…なんて。
そんな余談を思えるほどに、
ブッダの側には余裕さえ生まれていたものの、
「えっと…。///////」
恥ずかしいことだったろに、
彼にばかり吐露させたのは不公平だし、
それに…今を逃せばこっちも言いにくいことを抱えているの思い出し、
この際だからと踏ん切りつけた釈迦牟尼様。
聞こえよがしにならぬ程度に咳払いをしてから、
うんと思い切ると、
「あのその…………、イエス?」
言うぞと構えたその途端、
頬やらうなじやら、たちまちカァッと熱くなるのを感じつつ。
それでも頑張って、えいと語り始めたのが、
「実を言うと、
キミが 擽ったいのを我慢しているんだと思ってるらしい
私の“こらえ”もね?
恐らく、キミが感じたのと同類の、
性欲に関する盛り上がりの一つなのだし。////////」
「え?/////////」
え?え? でも、キミ…と、
何かしら言いかかってから、
それらが言葉という形になるより先、
彼自身の中で あっと思い当たるものがあったらしく。
大きく息を吸い込んでから、
無意識だろうが こっちを指さすイエスであり。
「もしかして、三十二相の…。////////」
「う…。///////」
天部が、目覚めた人ブッダの神聖なる特徴として企画(?)した、
三十二相八十種好のうちには、
“陰蔵相(おんぞうそう)”というのがあって。
馬や象のように、男根が体内へ密蔵されることをいい、
仏教の教えの中では
それもまた聖なる存在にふさわしい姿らしいのだけれども。
「もしかして、興奮しての反応が出ていても隠してた?」
「うう…。///////」
こんな明るいところでの、
しかも結構真摯なやり取りの中に持ち出すこととなろうとは、
さすがに思わなんだ彼だったのだろうけど。
イエスの結構ずばりとした言いようへ、
真っ赤になって、だがだが嘘は申せませんとブッダが小さく頷いて。
「そっか。だから私 気がつかなかったんだ。」
誰の何へと呆れたものか、
一気に力みを萎えさせたイエスが
溜息でもつくかのようにそうと呟く。
それらの聖なる仏の特徴、
普段からも全部が全部を発露してはないブッダであったので、
イエスの側もいちいち意識したことはなかったのだけれど。
それこそ、人としての判りやすい兆候だけに
現れておれば多少なりとも…えっとうっと。///////
「そうだよね、ごめんなさい。//////」
「いやあのあの。////////」
恥ずかしいことだと思って隠したブッダの気持ちは判るし、
彼がそこをこそ案じたその通り、
今の今より前の段階で伝えられていたとしても
「きっと私には
ナイーブな察しなんて出来なかったかも知れない。」
「いや、そこまで言わなくても。///////」
卑下しているんだか謙遜してしるんだか。
他人ごとのような言い方をするのへフォローを返しつつ、
…というか、
盛り上がっちゃうと
そういう反応が出るというのは知ってたの?///////
うん。ウチの教義は“生めよ育てよ地に満てよ”だから、
祝福された末の交わりは むしろ善いことだし。
交わりって…と、
打って変わってぱっきりとした言いようをするイエスなのへ苦笑をし、
道理以上、生理的な次元での知識はあったらしいなと
今だけはそこへも胸を撫で下ろしたブッダだったが、
「…そういったことも、今はともかくとして。」
それはそれは真面目なお話、
自分たちのこれからに関わるようなやりとりをしてたんでしょうがと、
んんんっと もう一度短く咳払いをしてから、
仕切り直しを構える釈迦牟尼様で。
「いきなり襲われた衝動だったから、
狼狽しちゃった気持ちは判らなくもないけれど。」
アガペーとは別とした、特別な好きを抱えた以上、
開祖という徳を極めた存在として、泰然と構えていた自負へも、
盲点を衝くような形にて 襲い来る何かも多々あるはずで。
これまでの長いこと、それを幾つもこらえて来たキミだろに、
「自制が利かなくなったりでもしたならって。
他でもない、私を脅かすことへつながるんじゃないかと思って。
それだけは持ってはならぬ感覚や感情だと、
ただただ怖くなったんだね?」
「……うん。/////////」
それは判りやすく、かつ、微に入り細に入りと言葉にされて。
あからさまにされちゃった照れもなくななかったものの、
それ以上に、誤解はないのへの安堵の方が大きかったせいだろう、
イエスはそりゃあすんなりと、
子供のいいお返事のお手本もかくやとばかり
お髭をたくわえた顎をひいて、大きく頷いて見せたほど。
そんな彼へと あらためて、ブッダが大事な一言を贈る。
「いぃい?
私、キミからなら何をされても怖くない。
だからキミも、怖がらないで。」
ね?と懇願するよに見つめつつ言えば、
イエスも感極まりつつ頷いてくれて、
「うんっ。/////////」
上手に伝わったことへの安堵を感じ、
白い手のひらを胸元へ伏せて
ブッダはやっとのこと ほおと深い息をつく始末。
“ああ、よかった。間に合った。”
性にまつわる快楽や官能は、
食う寝るという本能や 暑い寒いへの弱音やと違い、
煩悩の中でも直接の生死にはかかわらぬがために
浅ましいこととして一番に封をされがちなことでもあるし、
正当な間柄での関係でも、それならそれで秘めごとには違いなく。
そんなこんなのせいか、生理的な反応は知っていても、
何か誰かへ感じて起きるものという
いわゆる“実体験”は今まで覚えがなかったイエスなのだろうと思われて。
“…まあ、イエスは 30そこそこで召されてしまったんだし。”
しかも、12のころに神の子として目覚めた身。
迷える人の和子らを導く身なのだということに没頭するあまり、
俗事には関心も薄く、深く触れる暇間も無かったのかも知れぬ。
子供は男女が結婚して成すものであり、
性交渉はそれに必要なものという型通りの知識だけ……。
あのね? イエス。
恋って結構みっともないことと仲がいいんだよ?
ついつい我を忘れてしまいがちになるし、
言っちゃってからとか、やっちゃってから
ひどく後悔するような事態も襲い来る。
他人のことへは“落ち着いて”と進言も出来るけど、
過去の事例がこうでこうで…なんて助言だって出来るけど、
自分の身の上にやって来ると
とっても初歩の段階でも、笑っちゃうほど要領を得なくなる。
そちらは別の次元とは言え、
修養も心得てのこと、納まり返って取り澄ましてた自分さえ
きゃあきゃあと揉み消したくなる恥ずかしさに襲われるほどに、
“私もあれこれ やらかしたものねぇ。////////”
そして、そんな歯痒さに地団駄踏んでたブッダを
いつも傍にいて根気よく励ましてくれたのが
他でもないキミだったんだものねと。
今回は縋るような立場になってしまってたイエスを
それは愛惜しい人よと、優しく見つめる如来様であり。
いつの間にか鳴き始めていた蝉の声を、
ああ鳴いてるやと意識出来るほどに、
何とか双方ともに落ち着いたようで、
「ごめんね。
選りにも選って、私が君を不安にさせてちゃあ本末転倒だよね。」
やっとのこと、イエスもまた、いつもの声を出して。
今度は取り乱した自分への照れからだろう、
鼻の頭を掻きながらそんな風に言い足す始末。
「ホントだよ、びっくりしたんだから。」
だがまあ、彼が言いたいことも判らぬではない。
これまでがずっとそうだったように、
この二人の間に芽生えた恋情に関しては、
支える側はずっとずっとイエスの方だったから。
視線が逸れただけでも不安に震えかねなかったほど、
慣れない恋情へそれは怯んでいたブッダだったのに。
「何につけ“早く諦めたほうがいい”って説いてる私だけれど、
でもね、そう簡単には諦められるわけないじゃない。」
そうそう原理主義者じゃないよ私、と
口許を弧にして微笑う如来様。
「少しは頼もしくなったでしょう?」
「うん、それはもう。////////」
釣られたように微笑ってしまったイエスが、
再び、お膝に置いてた手をもぞもぞさせてから、
「…あのあの、ごめんね。」
今度は、お騒がせをしたことへのそれだろう、
深く恐縮するイエスなのへ、
ブッダの側も、どういたしましてと殊更朗らかに微笑う。
「こんなにも好きにさせた責任、取ってもらわなきゃ。」
「…そうだったね。」
うんうんと頷くイエスだが、
その声は尻すぼみで、
しかも そのまま大きな欠伸へと吸い込まれてしまい、
「…ごめん。安心したら急に眠くなっちゃった。」
「イエス?」
ティンキーベルのスカート丈どころじゃあない
悶々としたもの抱えたままで一晩過ごしたイエスだったらしく、
「だって本当に、
どんなに振り払っても、
意識を逸らそうとしても無理で。///////」
「〜〜〜。///////」
ご本人へ背中を向けても どう構えても、
ブッダの甘い声とか ひくりと震えた感触とか、
浮かんで来てしまって落ち着けず、だったそうで。
「わあ、それじゃあ眠いよねぇ。」
「うん…。」
安堵も加わりまぶたが今にも降りそうだが、
「でもお腹も空いたぁ。」
「判った。すぐに支度する。」
食べてから涼しいうちに二度寝しなさいねと、
すっかりといつもの慈母モードのブッダ様、
窓の外から聞こえる蝉の声に負けないくらい
それはお元気に立ち上がり、
キッチンスペースへと向かったのでありました。
● おまけ ●
それはそれは途轍もなく気を遣われた結果だとはいえ、
却って生きた心地がしなかったほどに慌てさせられたブッダ様。
イエスの好みの甘さにした 出し巻き玉子をひょいとこさえて、
小松菜の煮たのと一緒に卓袱台へ並べつつ、
「キミを傷つけたくなくて何でも我慢する
それは やさしい人だと思われているのは光栄だけれど。
ちょっと考えてもごらんよ、イエス。」
「???」
いただきますと手を合わせた格好のまま、
キョトンと小首を傾げるロン毛の君へ。
海苔の佃煮の瓶を開けてやりながら、ブッダが紡いだ続きはといや、
「私、君が相手でも
曲がったことへは容赦なく叱り飛ばしているんだけどもね。」
「あ。」
そういや、それを隠すための遮光カーテンなんですものねぇ。
「それこそ、
嫌われても構わないってノリなんだけど、あれ。」
「…そうでした。///////」
おあとがよろしいようで♪(こらこら)
〜Fine〜 14.08.17.〜08.22.
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*ウチのブッダ様はそれほど“原理主義”ではないらしく、
教えはあくまでも混迷したおりの指針や支えであって、
それへずっぽり縋り切り、頼って生きるものじゃあない。
自分で考えることを放棄しちゃあいけないよと
思っておいでならしいです。
というわけで、
長々とした小理屈へお付き合い下さり、
どちら様もお疲れ様でした。
やっと追いついたイエス様、
ブッダ様ご本人から
それも有りだと説得されるの巻でした。(こらこら)
説明された範囲は、
何とか納得もしたようではあるものの、
はてさて、ここからどうなりますか。
続きは もちっとお待ちを〜〜vv(まだ書くかvv)
めーるふぉーむvv


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